平成12年7月15日〜7月23日
今回は、通算9回目の北海道旅行です。今までは大阪と北海道の間の移動手段はすべて飛行機でしたが、運良く寝台特急トワイライトエクスプレスのB個室寝台車の切符を買うことができましたので、今回初めて陸路での移動となります。トワイライトエキスプレスは豪華寝台特急として有名で、なかなか切符をとれませんので楽しみです。夏の北海道旅行は3回目ですが、今までは8月後半以降でしたので、ラベンダーなどの花が咲く時期に行くのは今回が初めてです。富良野でラベンダーを見ることができるか楽しみです。富良野では、天気が良ければ熱気球にも乗る予定です。また、有珠山の近くの昭和新山・洞爺湖にも行きます。去年と比べて今はどうなっているのか、自分の目で確かめたいです。それから、前回と同様、リアルタイム旅行記をします。モバイルパソコン(NECのLavie-NX LB40)とデジタルカメラ(Olympus C-1400XL)とPHSで、旅行先で順次旅行記をアップロードします。初日はトワイライトエキスプレスの車内からアップロードします。揺れる車内でキーボードを打ってアップロードできるのか挑戦します。なお、新冠と江差はPHSのエリア外のため、HPの更新やメールの送受信はできません。ご了承ください。
最終更新 7月23日 19時00分
大阪(特急はるか車内)にて更新履歴
7月15日 12時37分 トワイライトエクスプレス車中(京都駅)
7月15日 15時40分 トワイライトエクスプレス車中(金沢駅)
7月15日 17時54分 トワイライトエクスプレス車中(直江津駅)
7月15日 19時31分 トワイライトエクスプレス車中(新津駅)
7月16日 4時30分 トワイライトエクスプレス車中(五稜郭駅)
7月16日 7時17分 トワイライトエクスプレス車中(東室蘭駅)
7月16日 20時00分 富良野(ホテルサンフラトン)
7月17日 20時00分 富良野(ホテルサンフラトン)
7月19日 10時00分 白老駅
7月19日 21時00分 洞爺湖温泉(洞爺パークホテル天翔)
7月21日 23時30分 函館(ホテル函館山)
7月22日 20時00分 函館(ホテル函館山)
7月23日 14時30分 函館空港7月15日(土) 大阪→(トワイライトエキスプレス 車中泊)
大阪駅10番線に、札幌行きの寝台特急トワイライトエクスプレスが入線してきました。いよいよ旅行の始まりです。飛行機とはまた違った期待感にあふれています。たくさんの人が記念撮影していました。ただ、ホームから線路に降りて列車の撮影をしている人に対し、注意の放送が繰り返されていました。私は、ひと通り列車内を探検した後、5号車のB寝台個室に入りました。あまり広くはありませんが、プライバシーは守られます。内装は豪華ですが、旧国鉄時代の車両を使っているため、車両には古さを感じます。定刻の昼12時に大阪駅を出発しました。山口百恵の「いい日旅立ち」が放送されました。札幌まで21時間、富良野まで23時間の列車の旅です。大阪は曇り空ですが、これから向かう北陸地方は雨のようです。いつものことですが、旅先での天気は気になります。新大阪駅を過ぎて、詳しい車内案内がありました。食堂車やサロンカーの説明がありました。まさに動くホテルです。さっそくHPのアップロードのため、パソコンを机の上に広げました。揺れる中でのキーボード操作はなかなか難しいです。個室内にはコンセントがついていました。バッテリーを気にせずにパソコンが使えます。
トワイライトエクスプレス
(大阪駅)![]()
京都駅を過ぎると、車掌の検札があり、部屋のカードキーを渡されました。また、別の女性乗務員から、今日の夕食と明日の朝食について尋ねられました。夕食は幕の内弁当を、朝食はレストランカーでの洋食を注文しました。夕食は、レストランカーでのフランス料理が有名ですが、12000円と目玉が飛び出る値段なのでやめました。1時からオーディオサービスが始まりました。要するにBGMです。大阪駅でスイッチを入れても全然音がしなかったので心配でしたがよかったです。程なく、琵琶湖が右手に見えましたが、もやで霞んでいました。敦賀駅に停車し、北陸トンネルを通過しました。武生駅で、サンダーバードが追い越していきました。トワイライトエキスプレスは客車特急でスピードが遅いため、電車特急に追い越されます。サロンカーに行き、しばらく天井まである大きな窓で景色を楽しみました。2カ所でビデオ放送がされていました。また、トワイライトエクスプレスのグッズが売られていて、私は絵はがきを買いました。よく売れているようです。レストランカーで、シャワーカードを買いました。サロンカーにシャワーが2か所あります。一人30分間の枠があり、そのうち湯は6分間出ます。福井駅に着きました。どの駅でもそうですが、トワイライトエクスプレスは珍しいためか、ホームから人が列車内(個室内)をじろじろと覗いてきます。個室は列車内ではプライバシーが守られますが、ホームからは丸見えです(カーテンはあります)。石川県内に入ると、雨が降っていました。金沢駅の5分停車の間にHPをアップロードしました。
防災気象情報サービスのHPのアメダスを見ると、北陸地方は雨で、富山県内・新潟県内も降っているようでした。これから日中はずっと雨のようです。金沢駅を過ぎると、トワイライトエクスプレス乗車記念のオレンジカードの販売がありました。こういうのを買うときりがないのですが、買ってしまいました。乗車記念証もついていました(帰宅後アップロードします)。ただ、JR西日本管内の大阪近辺では、Jスルーカードの方が、切符をいちいち買わなくてすむので便利です。富山駅に着きました。ここは「ますのすし」という駅弁が有名で、スキーの帰りに電車から降りて急いでますのすしを買った覚えがあります。トワイライトエクスプレスは、短時間しか停車しませんので、買う時間はありません。富山駅を過ぎると、夕食の幕の内弁当が配られました。お茶もついていました。1500円でしたが、12000円のフランス料理フルコースディナーに負けないぐらいおいしかったです(負け惜しみではありません)。読売新聞の夕刊の販売がありましたが、売り切れのため買えませんでした。親不知の名所を過ぎ、直江津駅に着きました。ここは2分停車で、HPの更新をしました。
トワイライトエクスプレスの
幕の内弁当![]()
直江津駅からは、JR東日本管内となります。サロンカーで日本海を見て、長岡駅に着きました。雨は降ったりやんだりです。もう薄暗くなりました。新津駅に着きました。ここから先は、明日の朝に洞爺駅に着くまで乗客の乗り降りはありません。ただし、方向転換などのために運転停車はあります。雨はやみました。シャワーは、午後9時〜9時30分の間に予約していましたので、この時刻に入りました。バスタオルはあらかじめ用意していました。シャワー室内にボディーソープが用意されていました。制限時間は6分間でしたが、かなり余りました。1分前になるとアラームが鳴るのですが、その音を聞くことはありませんでした。山形県内に入り(新潟県は広かった)、午後9時35分頃に鶴岡駅に運転停車しました。大阪行きの寝台特急日本海とすれ違いました。しばらくして車内放送があり、B寝台車(コンパートメント)は照明を落とすとのことでした。以後、翌朝まで車内放送はありません。午後10時に酒田駅に運転停車しました。それから少し寝ました。
トワイライトエクスプレスの
シャワールーム![]()
その他の写真集 7月16日(日) →札幌→富良野
気がつくと、午前2時で青森駅手前でした。青森駅で方向転換のため、10分程度停車しました。車掌の交代がありました。JR西日本(東日本ではない)からJR北海道へのバトンタッチです。別のホームから、上野行きの寝台特急北斗星が発車しました。その間、メールの送受信やHPの閲覧をしたりしました。午前3時から、サロンカーでJR北海道の車掌さんから青函トンネルの説明がありますので移動しました。5分前に行ったのですが、すでに人でいっぱいでした。午前3時7分に青函トンネルに入りました。ゴーという音の中、車掌さんからトンネルの構造や海底駅などの説明がありました。竜飛海底駅では徐行運転しました。吉岡海底駅手前では、なにやら絵が表示されました。3時43分頃、トンネルを出て北海道に入ると、歓声がわきました。陸路で来るのと空路で来るのとでは、感動の度合いが違うものです。少し空が明るくなってきました。北海道の夏は、夜明けが早いのです。右手に函館山が見えました。五稜郭駅に着きました。また列車の進行方向が変わります。この時間を利用して、HPの更新をしました。列車は函館駅には行かず、このまま札幌駅に向かいます。有珠山の噴火の影響はすでになく、本来のルート(長万部〜東室蘭〜南千歳〜札幌)を通ります。朝食は8時20分で予約しています。少し時間があるので寝ることにしました(寝られるかどうか分かりませんが)。
やはりあまり寝られず、洞爺駅に着きました。うとうとしていたのですが、7時少し前の放送で目が覚めました。有珠山が左手に見えましたが、雲がかかっていました。右手には内浦湾が広がっています。今日は皆既月食の日です。果たして見られるのでしょうか? 東室蘭駅に着き、HPの更新をしました。登別駅、苫小牧駅と停車した後、朝食の時間が来ましたので、レストランカーに行きました。朝食のメニューは、
@パン2個(バター、イチゴジャム付き)
Aハムエッグまたはベーコンエッグ
Bオレンジジュースまたはトマトジュース
Cサラダ(キャベツ、トマト、鮭一切れ)
Dメロン
Eコーヒー
でした。私は、ベーコンエッグとオレンジジュースを選びました。内容には大変満足でした。南千歳駅に停車し、いよいよトワイライトエクスプレスも終わりです。名残惜しいのですが、ゆっくりはしていられません。次のフラノラベンダーエクスプレスとの乗り換え時間は6分しかありません。札幌駅に着くと、急いで乗り換えました。フラノラベンダーエクスプレスは、リゾート列車で、先頭は展望席になっていました。私の席は先頭車両の前から3列目で、非常に眺めがよかったです。まっすぐに延びる線路がよく分かりました。ただ、途中で雨が降り出しました。約2時間で、富良野駅に着きました。23時間の列車の旅が終わりました。まず、ふらのバスの定期観光バスに乗りました。ファーム富田とフラワーランドかみふらので、ラベンダー畑を見ました。雨の中でしたが、きれいに咲いていました。今週あたりが見頃のようです。そのせいか、大変混雑していました。次に、美瑛の丘めぐりに行き、新栄の丘で下車観光しました。うねうねと広がる見事な丘が広がっていましたが、農家の苦労も忍ばれます。拓真館は2回目でしたが、中に入り、丘の写真を見ました。麦秋鮮烈(ばくしゅうせんれつ)の絵は、赤色が鮮明に目に焼き付きます。バスは富良野駅に戻りましたが、その間疲れが出て熟睡し、バスガイドさんの話はなにも覚えていません。ホテルサンフラトンにチェックインし、ハイランド富良野に行きました。ここは富良野で唯一の温泉だそうです。銭湯並の設備でしたが、昨日はシャワーだけでしたのでさっぱりしました。皆既月食は、雲の合間から時々見ることができました。
ファーム富田の
ラベンダー畑![]()
北海道のどまんなか
通過証明書![]()
その他の写真集 7月17日(月) 富良野→旭岳→富良野
朝、アルパイン計画の熱気球に乗るつもりでしたが、強風のため中止となりました。強風といってもそよ風程度なのですが、熱気球は大変風に弱いのです。今日は、まず旭岳に向かいました。旭岳は2回目です。ロープェイの工事が完了したばかりで、途中の乗り換えがなくなりました。ロープウェイは大型化されましたが、団体客がいっぱい乗っていました。上から見ると、旭岳の植物の垂直分布がよく分かりました。約10分で姿見駅に着きました。半袖では肌寒かったです。約1時間、姿見の池まで散策しました。霧(雲)がかかっていましたが、花もたくさん咲いていて大自然を満喫できました。次に、天人峡に行きました。柱状節理の断崖、羽衣の滝、敷島の滝を見ました。敷島の滝に行く道は険しく、苦労しました。途中に紛らわしい滝があり、それを敷島の滝と思って写真を撮り、引き返していた観光客もいました。次に、白金温泉地区に行きました。十勝岳火山砂防情報センターでは、火山噴火の災害・対策についての展示・映像がありました。ここから白金温泉には徒歩で行ける近道があるのですが、車はかなり遠回りする必要があります。次に、十勝岳望岳台に行きました。十勝岳は雲がかかっていてよく見えませんでした。あきらめて、十勝岳温泉凌雲閣に行き、温泉に入りました。ここで、雨が降ってきました。露天風呂からの景色はうわさ以上によかったです。まさに山の上の温泉という感じでした。ただ、適当な湯温の湯船がありませんでした。温泉を出ると、雨が強くなっていました。日の出公園のラベンダーを見る予定でしたが、天気が悪く、また疲れも出てきましたので早めにホテルに戻りました。この天気では、明日の熱気球も無理でしょう。
旭岳の高山植物
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その他の写真集 7月18日(火) 富良野→浦河→新冠
今日は、朝から雨でした。富良野からひたすら南下し、占冠(しむかっぷ)村に着きました。ここは、今年の冬にマイナス34度を記録したところです。今日も少し肌寒いぐらいでした。駅周辺で休憩し、また南下しました。日高管内の日高町にある道の駅樹海ロード日高で、日高山脈館を見物しました。今回の旅行では初めての道の駅でした。次に、平取(びらとり)町に行き、振内(ふりうち)鉄道記念館を見ました。屋外にはSLが展示されていて、屋内には廃止された旧富内線の資料が展示されていました。次に二風谷(にぶたに)のアイヌ文化博物館・アイヌ資料館・沙流(さる)川歴史館を見物しました。お決まりのアイヌ民族に関する資料が展示されていました。アイヌ資料館では、入り口に館長らしきアイヌ民族の人がいて、「俺が書いた本がたった今届いたから買ってくれ」と言ってきました。結局買いませんでした。なかなか変わった人で、駐車場には下の写真にあるような看板も掲げていました。沙流川資料館では、3D映像で、沙流川の河口から上流までを紹介していました。次に、義経神社と義経資料館に行きました。北海道では、義経伝説があちこちに残されています。さらに南下して、ようやく太平洋側に到着しました。門別町郷土資料館を見物しました。図書館と併設されていました。太平洋沿いを南東へ向かいました。この辺りは競走馬の産地で、たくさんの牧場があります。見学も申し込めばできるそうですが、最近は見学者のマナーが悪いとかで見学を断る牧場もあるそうです。、新冠(にいかっぷ)町で道の駅と併設されているレコード館を見物しました。ちょうどレコードコンサートの時間で、大きいスピーカー(手作りらしい)から聞いたことのない演歌が流れてきました。誰か(おそらく老人の団体客)のリクエストだそうです。また、珍しい蓄音機も展示されていました。CD全盛の時代に、たくさんのレコードを見ることは、かえって新鮮な感じがしました。近くの郷土資料館もついでに見物し、静内町に行きました。競走馬ふるさと案内所、郷土資料館に立ち寄り、真歌公園のアイヌ民俗資料館とシャクシャイン記念館に入りました。真歌公園は高台にあり、展望台からの景色は晴れていたら非常に良さそうです。静内町は、二十間道路の桜並木で有名ですが、いまはさすがに行く気がしませんでした。浦河駅まで南下し、駅のスタンプを押しました。引き返して、道の駅みついしに寄り、新冠温泉レコードの湯に併設されているホテルヒルズに宿泊しました。
平取町の
アイヌ資料館にて![]()
7月19日(水) 新冠→昭和新山→洞爺湖温泉
気が付くと、もう朝でした。着がえもせず、電気・テレビも付けっぱなし、カーテンも開けたままで寝てしまったようです。これは日常生活でもよくあることです。昨日は温泉に入っていませんので、今朝入りました。太平洋を望むことができ、景色がよかったです。湯温も適温でした。ホテルをチェックアウトし、国道と高速道路を走り、白老駅に着きました。ここでHPをアップロードしました。次に、登別温泉に行きました。温泉には入らず、地獄谷と大湯沼を見ました。硫黄のにおいが鼻につきました。大湯沼では、湯の沼からもうもうと煙が上がっていました。次に、伊達市の伊達歴史の社にいきました。が、特に興味を引くものはありませんでした。この辺りから、有珠山と昭和新山がよく見えました。
新冠町の牧場にて ![]()
その他の写真集 昭和新山に行くと、噂には聞いていましたが、観光客は少なく、閑散としていました。去年の賑わいがうそのようでした。
1.有珠山ロープウェイ
7月13日から営業を再開していました。ただ、乗客は少なく、私を入れて行きで3人、帰りで2人しか乗客がいませんでした。山頂駅から周辺を散策しましたが、今年の噴火の影響はなく、特に去年と変わりがありませんでした。人が少ないことを除いては・・・。所々から噴煙が上がっていましたが、これは今年の噴火とは無関係です。山頂駅の売店は閉まっていました。花がきれいに咲いていました。2.えぞ鹿牧場
休館(閉館?)していました。去年いた鹿はどこにいったのでしょうか?3.世界のガラス館
同じく休館(閉館?)していました。4.熊牧場
開館していました。熊のにおいが周囲に漂っていました。やはり、入場者は少なそうです。5.三松正夫記念館
開館していました6.昭和新山美化センター
開館していました7.おみやげ物やさん
ほとんど開いていました。しかし、お客さんは少なく暇そうでした。8.駐車場
空きが目立ちました。去年は駐車料金410円が必要でしたが、今回は料金を徴収している様子はありませんでした。
再開した
有珠山ロープウェイ![]()
その他の写真集 次に洞爺湖温泉街に行きました。昨日から、避難地域が一部解除され、洞爺湖一周が可能になりました。壮瞥温泉側から近づいていくと、徐々に道路上の火山灰が増えていき、走りにくかったです。意外と、車の数が多かったです。昭和新山の閑散とした様子とは大違いでした。洞爺湖温泉街の中心部を越え、有珠山噴火記念公園に駐車しました。道路上は駐停車禁止です。噴煙見物するには、この公園に駐車するのがベストです。噴煙がもうもうと上がっている様子がよく見えました。ほかにも写真を撮っている観光客がたくさんいました。ただ、車が巻き上げる火山灰のため、大変けむたかったです。肌に火山灰が付いたり、口や目の中に火山灰が入ってきたりしました。町全体が火山灰で覆われている感じで、想像以上に厳しい状況でした。早々に切り上げて、今夜宿泊する洞爺パークホテル天翔にチェックインしました。ここは割と早くから営業再開したホテルです。再開の準備は大変だったことでしょう。駐車場もいっぱいで、宿泊客がどんどんやってきてフロントは混雑していました。宿泊客は多そうです。その後、周辺をまた散策しました。洞爺湖遊覧船は、洞爺村から運行しているようでしたが、時間の関係で乗れませんでした。ニュースによると、明日から本来の虻田町の桟橋から運行されるそうです。ホテルの目の前の桟橋です。商店では、水やスコップを使って、火山灰を洗い流していました。なかなか大変そうでした。これだけの火山灰がきれいに片づくのはいつのことでしょうか? 営業している商店はほとんどありませんでした。道路標識や電話ボックスなども火山灰で汚れていました。ホテルはほとんどがまだ休業状態でした。従業員は再開の準備に追われているのでしょう。病院も休業していました。病人はどこに行けばよいのでしょうか? 長時間屋外にいると、のどや目を痛めそうでしたので、ホテルに戻りました。ホテルの中は別世界のようにきれいで清潔でした。被災した人には少し申し訳ない気持ちでした。夕食は、バイキング方式で、会場はいっぱいの人でした。いろいろな料理があり非常によかったです。ビンゴ大会がありましたが、私は景品が当たりませんでした。ホテルの温泉は、とても広かったです。露天風呂はありませんでした。露天風呂がある温泉では、火山灰対策はどうするのでしょうか?
噴煙を上げる有珠山
(今年の噴火)![]()
その他の写真集 7月20日(木) 洞爺湖温泉→江差
朝、車を見ると、屋根やガラスのところに火山灰がつもっていました。洞爺湖温泉街から直接太平洋側に出る道は通行止めでしたので、壮瞥町側から昭和新山の脇を通って太平洋側に出ました。国道230号線を南側から走ると、道央自動車道の虻田洞爺湖インターのところで通行止めになっていました。ここからも噴煙がよく見えました。国道37号線に戻り西に走ると、JR豊浦駅付近で虻田仮インターの案内がありました。ここから道央道に入り、豊浦噴火湾PAで休憩し、長万部インターで降りました。長万部では、植木蒼悦記念館で河童の絵を見ました。表情豊かな河童がおもしろかったです。平和記念館や郷土資料室もありましたが、あまりおもしろくなかったです。八雲町で、郷土資料館を見つけて入ろうとしましたが、休館日でした。しかし、特別に開けてくれました。ここから雲石峠を越えて檜山管内の熊石町に入りました。これで北海道のすべての支庁に行ったことになります。日本海沿いを大成町に北上しました。この辺りは奇岩が海岸沿いにあり、ちょうど積丹半島を思い出しました。道の駅てっくいランド大成に行きました。ここでスタンプを押そうとしたら、スタンプ帳がないことに気づきました。八雲町の郷土資料館に電話したところ、スタンプ帳があるとのことでした。郵便で送ってもらうように頼みました。休館日に開けてもらって、しかもスタンプ帳を送ってもらうこととなり、親切心に感謝感謝です。ここからは、ひたすら南下しました。江差町に入り、江差追分会館、旧中村家住宅、横山家、旧檜山爾志郡役所を見物しました。江差は追分節とニシン漁で栄えた町であることがよく分かりました。江差温泉に行きました。露天風呂もありましたが、塀で囲われていて景色は見えませんでした。ホテルニューえさしにチェックインしました。
奇岩 親子熊 ![]()
その他の写真集 7月21日(金) 江差→松前→函館
ホテルの近くに、江差追分が聴ける公衆電話を発見しました。電話機の上にボタンがあり、それを押すと江差追分が流れました。今日は、まず開陽丸を見物しました。幕末に江差沖で沈んだ軍艦開陽丸を復元したものです。たくさんの遺物が展示されていました。タイタニックの映画を思い出しました。周辺にある郷土資料館・旧関川家別荘を見物し、江差追分会館にもう一度行きました。江差追分の実演があるからです。名人による迫力のある江差追分を聴きました。次に、上ノ国町を経由して松前町に行きました。ここは、北海道唯一の城下町で、北の小京都とも呼ばれています。まず、松前藩屋敷を見物しました。京都の太秦映画村にに似ていました。次に、松前公園の桜資料館・松前城を見物しました。5月の桜が咲く季節にもう一度来たいものです。郷土資料館も見物し、函館方面に向かいました。知内で、青函トンネルの北の入り口を遠くから見ました。また、北海道最古の温泉と言われている知内温泉に入りました。寂れた温泉宿という感じでした。湯温が高く、長くは入れませんでした。いよいよ函館に着き、ホテル函館山にチェックインしました。函館山ロープウェイの乗り場のすぐ近くにあります。潮見が丘ミュージアムで、トリックアートを見ました。平面に描かれた絵が立体的に見えました。そして、路線バスで函館山山頂に行きました。バス停はホテルのすぐ近くにありました。ロープウェイ乗り場はたくさんの人が並んでいましたが、バスは空いていて座れました。山頂に着くと、ものすごいたくさんの人でごった返していました。函館山の夜景は3回目ですが、何回見てもきれいです。夜景は普通の写真機では撮影できませんが、わがデジカメはどうでしょうか? 最終のバスでホテルに戻りました。
松前城 ![]()
その他の写真集 7月22日(土) 函館→大沼公園→当別→函館
函館から北上し、大沼公園に行きました。ちょうど遊覧船の出航時間でしたので乗りました。駒ヶ岳は雲で見えませんでしたが、美しい湖に浮かぶ小さな島々は、松島のようでした。近くの、大沼ベネチアガラス美術館も見物しました。次に、昆布館に行きました。昆布に関する資料の展示や全天周映画がありました。これで入場料無料でした。企業のショールーム的な施設なのでしょう。七飯町歴史館に寄ったあと、函館新道と産業道路を通って函館市立熱帯植物園に行きました。このころ、風雨が強くなりました。北海道でヤシの木を見るのは不思議な感じがしました。アイスクリームの木やソーセージの木など変わった名前の植物もありました。次に、啄木小公園にある啄木浪漫館に行きました。啄木の人形がリアルに動くさまは一見の価値がありました。石川啄木の生涯がよく分かりました。次に、当別の男爵博物館に行きました。男爵イモの生みの親である川田男爵のコレクションが展示されていました。
そして、今日のメインイベントであるトラピスト修道院に行きました。私はキリスト教徒というわけではなく、単なる観光目的で訪れました。ここは、男子の修道院です。女子のトラピスチヌ修道院が函館にありますが、これよりはマイナーな感じです。事前に往復はがきで内部見学を申し込んでおきましたので、ヨセフさんという修道士に建物内部を案内されました。聖堂と集会所に入りながら、建物の中を一周しました。ちょうど口の字の格好をしていました。冬の暖房はセントラルヒーティングで、快適だそうです。キリストや聖母マリア像があちこちにありました。集会所では、修道院にゆかりのある人物の肖像画や写真が飾っていて、それぞれ説明を受けました。前の院長は、膀胱癌で15年前に亡くなったそうです。ここでは、火葬ではなく土葬をしていました。法律上はどうなっているのでしょうか? 図書館がありましたが、キリスト教に関する本がほとんどで、娯楽の本はないとのことでした。食堂があり、修道士は我々と同じような食事をしているそうです。カレーもあるそうです。聖堂では、ヨセフさんがパイプオルガンを弾きながら賛美歌を歌ってくれました。修道士は、朝3時に起きて、ここで1日に7回も礼拝するそうです。2階に、北海道新聞社が修道院を取材したときの写真が展示されていました。修道士の生活がよく分かりました。2階は主に修道士の個室があります。帰り際に、修道士の生活について、いくつか質問しました。新聞は北海道新聞と毎日新聞を取っているそうです。テレビは、日曜日の夜にNHKの「世紀を越えて」を1時間見ているそうです。この時以外にはテレビは見ていないようでした。外出は、病院への通院や選挙、勉強会以外にはなるべくしないようにしているとのことでした。結婚はできないとのことでした。最近、修道士になろうとする人が少ないそうです。豊かになった日本では、なかなかこのような生活をしようとする人がいないのも無理はないでしょう。私もそうです。修道院に入って、5年半以内ならやめることができるそうですが、それ以降は何があっても死ぬまでここに仕えるそうです。これも恐ろしい話です。過去に脱走者はいなかったのでしょうか? トラピスト修道院は男子しか内部見学できないと思っていましたが、女子も聖堂だけなら見学できるそうです。
函館市内に戻り、元町の散策をしました。函館山美術館、旧函館区公会堂、写真歴史館、金森美術館、夢函館美術館を見ました。函館山美術館と夢函館美術館は、ともに芸能人が描いた絵画が展示されていました。ジミー大西、八代アキ、榎木孝明、片岡鶴太郎、林家木久蔵さんなどの作品が展示されていました。金森美術館では、クリスタルで出来た美しいガラス製品が展示されていました。バカラコレクションと言うそうです。実売コーナーがありましたが、買おうと思う値段ではありませんでした。今日は、雲が低く、函館山は雲に隠れていましたので、山頂には行かず、そのままホテルに戻りました。
大沼公園 ![]()
その他の写真集 7月23日(日) 函館→森→恵山→函館空港→関西空港
いよいよ最終日です。朝から風雨が強かったです。函館から北に走り、YOU・遊・もり、つどーるプラザさわらの道の駅めぐりをして、鹿部町の間欠泉を見ました。間欠泉を見るのは初めてでした。10分おきに湯柱が上がり迫力がありました。しかし、強風のため高さ制限がされていました。次に、椴法華(とどほっけ)村の灯台博物館に行きました。灯台の博物館は珍しいです。灯台の仕組み、役割がよく分かりました。北海道では、灯台スタンプラリーを実施中です。なかなか集めにくい場所にスタンプがあります。近くに恵山岬灯台がありました。次に、恵山町に行きました。道の駅なとわ・えさんに寄り、恵山温泉の近くにある郷土資料館にも行きました。この辺りは、非常に風雨が強かったです。そして、函館方面に走り、函館空港に着きました。風雨は少し弱まったようです。今のところ、飛行機の離発着に問題なさそうですが、奥尻島への便は欠航していました。小さなプロペラ機には厳しそうです。あとは関西空港に戻るだけです。出発直前になって、風雨が強くなり、出発が遅れました。多少揺れながら日本海上空を飛行しました。雲が多く、地上はほとんど見えませんでいた。予定より少し遅れて関西空港に到着しました。特急はるかで自宅の方に帰りました。リアルタイム旅行記を読んで下さった皆さま、ありがとうございました。
鹿部町の間欠泉 ![]()